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才能、かぁ…  

皆さんも多分おなじみ、bonnyさんのブログにこんなエントリーがありました。

ttp://ameblo.jp/kinshibai/entry-11523526119.html

本当の目標を持てるかどうかは才能、と(詳しくはbonnyさんの所へどうぞ)。

だとすると、目標を持っていない人に目標を何か設定してみるようにいくら言っても無理…???

bonnyさんが才能と呼ぶ所は私的には性格あるいは考え方のクセのようなものではないかと考えていて、性格の本質は変えられないかもしれないけれど、思考のクセなら変えられるんじゃないかと思っていました。自分で必要性を感じて、理想的(と考えられる、自分が理想とする)に振る舞うよう訓練すればそのうち自分自身がそうなれるのではと。

私なんぞはレベルはめっちゃ低いけれど、それでもいつも目標が大きなものから小さなものまでありました。今もあります。逆に言えば常に目標がないと頑張れないというか、自分の中で行動する意味を見いだせないというか。

バドミントン以外でもそうでした。自分で目標を設定し、それに向かってできている事、できていない事、やらなくてはならない事、やり方、期限、優先順位などを確認・設定してやってきた気がします。それこそ毎日の生活もそうかもしれません。

だからこそ今の手ブラブラ〜状態で目標を立てる事ができずモチベーション落ちまくっているという訳なんです。この手が「努力すれば治る(見通しが付く)」なら頑張れるけれど「どこまで治るか全くわからない」という状況なので…。それでも一応、あがいてますけどね。

でもしょせん外からただ与えられたラベルを貼っているだけ(言われたからやるレベル)ではダメ、自ずと生まれてくるものがないのでは本物ではないという事なのでしょうか。

ってことは、「目標設定をして、期限を設定して、そこから逆算して必要な事を考えればいいと思います」とアドバイスしても「そんな事考えた事もなかった」と言われたのはある意味当たり前??何を言っても無理??

努力できるのは才能だと思っていましたが、目標を持てるのも才能、かあ…。内なるものを才能と呼ぶのであれば、そうなのかも…。

う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん、考えさせられます…。しばらく考えちゃうテーマかも。
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コメント

目標ですね!

みゃーこ師匠

>本当の目標を持てるかどうかは才能

この件に関しまずは明言は避けますが目標の大きさって大事ですよね


目標(夢)があるからがんばる、がんばれる・・・

これはごく一般的な、ありきたりな言い方ですが・・・



でも、しっかりと、本気で、明確な目標があると、本当はがんばる必要ないんですよね。

がんばらなくても、勝手に勉強するし、勝手に練習するし、勝手に情報も能力もついてくる。

がんばらなくても目標ができただけで、すべてが楽しくできてしまう。



昔、私がスキーのために、朝3時起きして眠い目をこすりこすり4時間も掛けて雪道を走り、リフトが止まりそうな強風、猛吹雪の中でも、朝から晩までスキーをしていた状況っていったい何なのでしょう?
さらに30分も1時間もリフトに並んでいました。
スキーをしない人から見たらただのクレイジー野郎どもですよね。
当時そんな若者が大勢いました。

「なんでそんなにがんばるの?」

それってがんばっていたわけではないんです。
寒さ、眠さ、それ以上に楽しいことがあるからなんです。
ただただ、スキーがうまくなりたいから。


なんちゃってスキーヤーなら絶対にゲレンデに出ません。
私には明らかな目標があったから苦にもならずわくわくしてゲレンデに飛び出していったんでしょう。




みゃーこ師匠もバドミントンそんなに強くなったのは勝手に強くなったんでしょう?
楽しくバドミントンしてたら勝手に(がんばらなくても)強くなったんじゃないですか?
がんばったと言うのは、
「いやいややらされたけど最後までがんばってやった。」
「苦しいけれどがんばった」
「並んでいた列に割り込まれそうになったけどがんばって防いだ」
などに使われるようにあまり良いことに使われないですよね。

がんばれって言われるのを嫌がる人もいますしね

私も子どもたちについつい言いやすいのでガンバ、ガンバ!って使っちゃいますが(笑)


目標が好きなことの延長線上にあるのであればがんばらずとも、情報にも敏感になるし、本当は苦しい練習も当たり前のようにでできるはずですよね。



なんだか、長くなってしまいましたが

>本当の目標を持てるかどうかは才能

に、反応してしまいました。

結論として、目標を好きなことの先にあるものとしたら、才能は必要はないのでしょう。ただ、その先の大きな(本当の)目標を持つには才能と言うのかスケールの大きさと言うのか熱い魂と言うか何かは必要なのでしょうね、うまくはいえないけど。



熱い魂!
ディズニーランドのアトラクションに2時間以上待ちで並べる人たちって、悪天候のスキーヤー並みにクレイジーだ、と思うのは私だけでしょうか?

きっと、大きな目標を持った才能のある人たちなのでは?

私は泣きたいほどがんばって娘たちに付き合ってますが・・・(笑い)



親ばかちゃんりん #- | URL
2013/05/07 14:39 | edit

Re: 目標ですね!

親ばかちゃんりんさん

コメントありがとうございます。bonnyさんの所にこの続きのエントリーもありましたので、是非読んで来て下さい。私の言葉でまとめてしまうとbonnyさんの真意が伝わらないかもしれないのですが「モチベーションは簡単に自分以外から影響を受ける事はない、やる気の有無を才能のせいにするならそれこそ才能が無い行為だが、やりたいと思えていれば才能がある」とありました。

> でも、しっかりと、本気で、明確な目標があると、本当はがんばる必要ないんですよね。がんばらなくても、勝手に勉強するし、勝手に練習するし、勝手に情報も能力もついてくる。がんばらなくても目標ができただけで、すべてが楽しくできてしまう。

まあそうかもしれないですね。
ただ根底には「何かが好きだ、大切だ、上に行きたい」という気持ちがあって、自然発生的に頑張れたとしても、やはり苦しいものは苦しいし嫌なものは嫌なのです←ランニング(笑)。トレーニングだってこの年ではキツくて、歯を食いしばってやっています。私はここは楽しくないですね(笑)。目標達成の為に必要な事はやらなくてはならないからやっています。だからバドミントンをやめたら一切やめる自信があります(笑)。

学生の時も苦しかったですね〜。卒業後に環境が変わったとはいえ、バドミントンから離れていたのは大学でのバドミントンが色々と苦しかったからです。もう嫌だったから。でも再開しちゃった私、意味不明ですけど(笑)。

> みゃーこ師匠もバドミントンそんなに強くなったのは勝手に強くなったんでしょう?
> 楽しくバドミントンしてたら勝手に(がんばらなくても)強くなったんじゃないですか?

私は強くも何ともない事を念押ししておきますが(汗)どうでしょうね〜〜〜〜〜、勝手に強くなれるのかな?頑張る事は当たり前なので威張りもしませんが、頑張らなきゃと思っていますよ。

> 結論として、目標を好きなことの先にあるものとしたら、才能は必要はないのでしょう。ただ、その先の大きな(本当の)目標を持つには才能と言うのかスケールの大きさと言うのか熱い魂と言うか何かは必要なのでしょうね、うまくはいえないけど。

ただお飾り、憧れとしての目標ではなく、実現させる為の真の目標、かな。大きくても実現させるつもりでやるのかどうかでしょうか。


いやね、今までブログに何度も書いているんだけど、「頑張る、強くなりたい、バドミントン楽しい、バドが無かったら鬱になってたかも」とか言う人がいるんですよ。でも「どこそこが痛いから、もう治らないから騙し騙しやるしかないから」「怪我が無かったらみゃーこちゃんみたいにシニアって言えるのに」「トレーニング、1時間やったら疲れちゃうんだよね」「すごいね」「いいな〜」とか言うんですよね。勝てなかったら嫌だから予防線を張っている(怪我してるから、って)。それで勝てばすごいね〜ってなるし、負けても怪我があるからねって言ってもらえる。その割には強化訓練に来たりして、もうホント意味がわからない訳で。

簡単に言ってしまえば真剣味が(私から見れば)足りなくて、彼女にとってバドミントンも自分もその程度の価値しかなくて、だから本当の目標設定もできなければ強くなれないのかなって、bonnyさんのエントリーを読んですぐ思った次第なんです。

私は彼女はうちのチームが勝つには彼女が強くなる必要がある、キープレイヤーだと思っていて、パワフルだし期待もしているから、色々と声かけなどしてきたのですが今まで全然通じてないから、エントリーを読んで期待しても無駄なのかな…って思っちゃったんですよ。期待するのは私の勝手ですし、迷惑な話かもしれませんね。

みゃーこ #- | URL
2013/05/07 18:50 | edit

練習や試合での取り組み方・態度だけでなく、技術・戦術・プレースタイルもプレーヤーの性格に深く根ざしているものだと思います。

「性格の本質」と「思考のクセ」を分けて「思考のクセ」を変えてもらおうとしても、「思考のクセを変えることができない」という「性格の本質」の持ち主であればどうしようもないですし。

学生であれば肉体的には勝手に成長するし監督・コーチ・先輩の指導を有無を言わさずに受け入れさせて成長を実感させることもできるのでしょうけど、社会人だと難しいですよね。

結局のところ、プレーを変えてもらうには性格(思考のクセを含む)を変えてもらう必要が出てきて、そこで止まってしまうという。。。

上のようなことも他人事だから言えるのであって、自分がどうかと言えば自信ありません。

みんち #- | URL
2013/05/08 10:18 | edit

Re: タイトルなし

コメントありがとうございます。

スポーツは自己表現、自分の全てが曝け出されるものですからね。

自分を変えられる、変えようと思って行動できれば、本質的に変わる事が難しくてもコントロールする事は可能だと思います。でなければ生まれつきの性格で全て決まってしまい成長がないという事になってしまいます。

しかし
> 「性格の本質」と「思考のクセ」を分けて「思考のクセ」を変えてもらおうとしても、「思考のクセを変えることができない」という「性格の本質」の持ち主であればどうしようもないですし。

と書かれている通り、変えようと思えない、変える行動ができないのであればどうしようもないのも確かです。それは才能なのかもしれないですね。

> 結局のところ、プレーを変えてもらうには性格(思考のクセを含む)を変えてもらう必要が出てきて、そこで止まってしまうという。。。

そこで止まるかどうかですね。大人になったからこそ変えられる部分、大人になってはもう変えられない部分…人間、やってやれない事はあまりないと思っています。やれるかどうかというよりやるかやらないか…。

> 上のようなことも他人事だから言えるのであって、自分がどうかと言えば自信ありません。

そうですね、私も自信満々で威張れる訳ではありませんが、少しでも自分が理想・目標とする所に近づきたい、近づく為に必要な事は言い訳や保険なしに実行していきたいと思っています。自分がまだ納得する事ができていない以上は努力が足りない、努力の方向性を再考する事も必要だなと。

みゃーこ #- | URL
2013/05/08 18:22 | edit

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